バランス練習をしても転倒が減らないのは「よくある」
「バランス練習はしているのに転倒が減らない」。これは臨床で珍しくありません。
転倒は筋力、注意機能、薬剤、環境、疾患特性など複合要因の結果で、バランス要素だけ整えても転倒アウトカムに届かないことがあるからです。
一方で、地域在住高齢者では「運動」が転倒率を下げる根拠は強く、特に効果が大きい条件として “バランスの難易度を挙げる内容” や “週3時間を超える運動量” が示されています(Sherrington et al., 2017)。
つまり、「やっているのに効かない」時は、バランス練習の“有無”より 設計(量・難易度・継続・生活翻訳) の問題であることが多いです。
文献が示す「効くバランス訓練」の条件
条件① 量が足りない(総量50時間の目安)
転倒予防の運動は、少量だと効きにくい傾向があります。
理学療法士向けのレビューでは、転倒予防のための最小運動量(minimum dose)として“総量50時間” が目安として示されています(Shubert, 2011)。
ここで大事なのは、「週2回やってます」だけでは判断できない点です。
回数よりも、総量(累積)として足りているか を見直す必要があります。
条件② 挑戦性が足りない(安全すぎ問題)
転倒予防のバランス訓練は、安全配慮が必要である一方、“挑戦性”が効果に直結しやすい とされています。
大規模レビューでは、転倒率低下の効果が大きいプログラムの特徴として 「バランスを挑戦する内容」 と 「週3時間超」 が挙げられています(Sherrington et al., 2017)。
臨床あるあるですが、
- 片脚立位を“崩れない範囲”で反復
- いつも同じ支持物・同じ環境
- 失敗しそうになる前に介助で回収だと、生活で必要な 立て直し(反応性の修正) が育ちにくいことがあります。
条件③ 生活に翻訳できていない(治療室で完結)
バランス練習は、治療室で完結すると生活に乗りにくいです。
この点で示唆が大きいのが、生活の中にバランス・筋力課題を“埋め込む”アプローチです。LiFE研究では、日常生活に統合したバランス+筋力の取り組みが、転倒率低下につながったと報告されています(Clemson et al., 2012)。
「訓練の時間」ではなく、
- 立ち上がりの前に足位置を自分で調整する
- 方向転換時に小さく外乱を入れる
- 物を持って移動する場面で支持基底面を変えるなど、“生活の中で必ず出る状況”に寄せると、患者さん側も再現しやすくなります。
条件④ 継続設計がない(やめると戻る)
転倒予防は「続けられるか」が勝負です。
デジタル介入(タブレットでのホームプログラム)を2年間追ったStandingTall試験は、長期での転倒予防を検証した代表例で、継続・アドヒアランス という実装課題を考えるうえで参考になります(Delbaere et al., 2021)。
また、骨粗鬆症の高齢者を対象にしたRCTでは、短期的には身体活動量(歩数)が増えた一方で、その効果が長期フォローで持続しなかったと報告されています(Dohrn et al., 2017)。
「やれば上がるが、やめると戻る」を前提に、継続しやすい形に設計するのが現実的です。
対象別に“効かせ方”が変わる
地域在住高齢者:基本は「量×挑戦性」
地域在住高齢者では、運動による転倒率低下のエビデンスが強く、特に 挑戦性と十分な運動量 が鍵になります(Sherrington et al., 2017;Shubert, 2011)。
さらに、運動戦略をネットワークメタ解析で比較・順位付けした研究もあり、「どれが最も効くか」は一枚岩ではなく、戦略の比較と組み合わせ で考える価値があると示しています(Wiedenmann et al., 2023)。
施設入所(aged care):効果は不確実/止めると消えやすい
施設入所高齢者(residential aged care)では、地域在住ほど単純にいかない点が重要です。
系統的レビューでは、施設入所では運動単独介入の効果が明確でない可能性や、評価時点(介入直後か、追跡期間後か)で結論が変わりうる点が議論されています(Dyer et al., 2023)。
実装としては、「介入中は良いが、やめると効果が失われる」問題をより強く意識する必要があります。
パーキンソン病:高難度・進行性が鍵
PDでは「バランスは良くなっても転倒が減らない」が起きやすい領域ですが、理論ベースで高難度・進行性に設計したプログラム で転倒率が減り、バランスや転倒恐怖も改善したとする報告があります(Sparrow et al., 2016)。
“ほどほど”ではなく、対象の特性に合わせて「どこまで挑戦させるか」を設計できるかがポイントになります。
骨粗鬆症:恐怖感やバランスは改善しやすいが注意
骨粗鬆症に対しては、バランス訓練が バランス能力の改善 や 転倒恐怖(fear of falling)の軽減 に有効である可能性が示されています(Wei et al., 2023)。
ただし、アウトカムによって確実性が十分でない部分もあり、対象選択・評価指標の選び方が重要になります。
加えて、骨粗鬆症高齢者では短期の身体活動量改善が長期に残りにくいという報告もあるため(Dohrn et al., 2017)、“継続できる形”に落とす 発想が必要です。
若手PTがつまずきやすいポイント
「バランス練習=静止」になっている
片脚立位など静的課題は入り口として有用ですが、転倒は不意外乱や二重課題、方向転換などで起きます。
「静止の反復」だけで転倒アウトカムに届かないのは自然です(Sherrington et al., 2017)。
評価→介入→再評価がつながっていない
「何を変えるためのバランス練習か」が曖昧だと、量も難易度も生活翻訳も決まりません。
そこでおすすめなのは、最低限この3点を言語化することです。
- どの場面で転びそうか(方向転換?立ち上がり?夜間?)
- 何がボトルネックか(支持性?反応性?注意配分?恐怖?)
- どの条件を操作するか(量/挑戦性/生活統合/継続)
マネジメント視点:チームで再現性を上げる“最低ライン”
個々のセンスに任せると、部署内で介入の質がばらつきます。
転倒予防は、最低ラインを決めると強いです。
- 量の目安:総量50時間をどう確保するか(Shubert, 2011)
- 挑戦性:安全すぎを避け、段階づける(Sherrington et al., 2017)
- 生活統合:治療室→病棟→自宅へ翻訳(Clemson et al., 2012)
- 継続設計:やめると戻る前提で仕組み化(Delbaere et al., 2021;Dohrn et al., 2017)
- 対象別の注意:施設入所では効果が不確実な可能性も踏まえる(Dyer et al., 2023)
まとめ
バランス練習をしているのに転倒が減らない時、見直すべきは「頑張り」より 設計 です。
- 量は足りているか(総量50時間の目安)(Shubert, 2011)
- 挑戦性があるか(週3時間超・挑戦的プログラムが有利)(Sherrington et al., 2017)
- 生活に翻訳できているか(生活統合型が強い)(Clemson et al., 2012)
- 継続できる仕組みがあるか(長期視点の重要性)(Delbaere et al., 2021;Dohrn et al., 2017)
- 対象による違いを織り込めているか(PD・施設入所・骨粗鬆症)(Sparrow et al., 2016;Dyer et al., 2023;Wei et al., 2023)
「とりあえずバランス練習」から一歩進めて、量・難易度・生活統合・継続 をセットで設計していく。
備忘録としても、この視点があるだけで臨床の再現性は上がると思っています。
引用・参照
- 地域在住高齢者の運動による転倒予防レビュー(Sherrington et al., 2017)
- PT向け転倒予防の運動処方レビュー(Shubert, 2011)
- 生活統合型LiFE試験(Clemson et al., 2012)
- StandingTall 2年RCT(Delbaere et al., 2021)
- 運動戦略のネットワークメタ解析(Wiedenmann et al., 2023)
- 骨粗鬆症のバランス訓練メタ解析(Wei et al., 2023)
- PDの高難度バランス介入試験(Sparrow et al., 2016)
- Balance Exercise Circuit試験(Costa et al., 2022)
- 施設入所の運動による転倒予防レビュー(Dyer et al., 2023)
- 骨粗鬆症高齢者のバランス訓練RCT(Dohrn et al., 2017)
