片麻痺の患者さんの歩き方を良くしたいんですが、良い方法はないですか?
患者さんによるけど、後ろ歩き訓練が一つの方法としておすすめですよ
後ろ歩きですか?
普段あまりしない治療です
後ろ歩き訓練はバランス能力をあげたり、歩行速度を高める効果があると言われています
後ろ歩きはADLに直結しないからあまり選択することも少ないかもしれませんね
生活で後ろ歩きが必要なことなんてあまりないから訓練でもあまり行わないですよね
今回は
- 後ろ歩き歩行訓練の効果
- 後ろ歩き歩行訓練の要素
- 治療的な意義
を整理していきましょう
後ろ歩き歩行訓練(Backward Walking)の効果
2020年の文献
後ろ歩きを行った時にどのような効果があるのかをメタアナリシス(メタ分析)した文献があります
メタアナリシスというのは色々な原著論文をまとめた文献です
一つの文献でも十分分析されているのに、それをさらに集めて分析した文献と考えてもらえると理解しやすいかと思います
そのメタアナリシスの文献で以下のことが言われています1)
- Bergバランステストの点数向上に中程度の根拠があるとされている
- 歩行テストのパフォーマンス向上に非常に低い根拠があるとされている
- 歩行速度の向上に非常に低い根拠があるとされている
後ろ歩きをすることで上記に改善が期待できる可能性があります
2022年の文献
2022年にもメタ分析された文献がありました
そこでも同様に後ろ向き歩行することの効果として以下のことが言われていました5)
- A:10m歩行テストの向上
- B:ケイデンスの向上
- C:BBSの点数向上
- D:麻痺側の歩幅の向上
なぜ後ろ歩きでバランスや歩行速度が良くなる?
なぜ後ろ歩き訓練によってバランスや歩行速度が改善するのか、Ze-Hua Chenら1)の文献によると次の3つの要因が考えられます。
1つ目は、後ろ歩きによって視覚代償が制限されるため、他の感覚機能の促進につながることです。
2つ目は、後ろ歩き訓練によってTLA(Trailing Limb Angle)の角度を高める学習が行われることです。
3つ目は、後ろ歩きによって腓腹筋の遠心性の活動が練習されることです。
以上の3つの要因が、後ろ歩き訓練による改善の理由と考えられます。
そもそもバランスとは?
Horakら2)は、バランス能力を以下の6つの姿勢制御機能のシステムとして捉えることを提唱しています
- 生体力学的な制約
- 安定性限界/姿勢の鉛直性
- 予測的姿勢調節
- 姿勢反応
- 感覚適応
- 歩行時の安定性
これらを総合的に評価する方法として「BESTest」という評価法もあるので下記記事もご参考頂けると幸いです
これら6つのバランスから考えると後ろ歩きは
- 生体力学的な制約
- 予測的姿勢調節
- 感覚適応
の3つの側面から改善が図れると考えられます
後ろ歩き歩行訓練でバランス・歩行能力が向上する理由
では後ろ歩きにはどのような効果があるのでしょうか
3つの感覚の統合 視覚代償を減らした中で訓練ができる
まず人間は歩くときや立っている時のバランスを保つために多くの感覚入力が必要となります
後ろ歩きも同様です
その感覚とは大きく3つです
1つ目は視覚
2つ目は体性感覚(深部感覚)
3つ目は前庭感覚です
視覚
視覚1つ目の視覚はイメージが付きやすいと思います
人間目をつぶるだけでふらつくことが良い例です
片麻痺等の障害を負うと他の感覚より視覚での代償が起きやすくなります
後ろ歩きでは前歩きよりも視覚の活用は減りますが、バランスを保つために必要な感覚の1つです
体性感覚(深部感覚)
2つ目に重要な感覚として体性感覚(深部感覚)があります
健常人ではこの深部感覚を主に使ってバランスをとっています
立位や歩行で重要な体性感覚は後ろ歩きでも重要な要因の1つとなります
前庭感覚
3つ目の前庭感覚は「自分の身体の傾きやスピード、回転を感じる」感覚です
倒れそうになった時にふと勝手に足を出すときに必要な感覚です
もちろん後ろ歩きでも重要な感覚の一つです
後ろに歩くことで深部感覚と前庭感覚の促通になる
後ろ歩きについて整理して考えてみましょう
感覚の観点から言うのであれば後方に進むというのは
視覚による代償機能が効かせづらい状況です
そのため残り2つの感覚機能を多く駆使して
進むしかありません
その2つの感覚機能は
「深部感覚」と「前庭感覚」です
Horakら3)は健常人では視覚が姿勢制御に活用されている割合は少なく1割程度と報告されています
実際健常人が目を瞑ってもそうそう転ぶことはありません
また視覚はバランスを取る以外の役割が大きく
周囲の状況を読み取ることに役割として大きな役割があります
なるべく視覚は姿勢制御には活用して欲しくない代償機能の1つです
そんな視覚をなるべく活用せずに抗重力下で下肢への荷重移行訓練ができるのが後ろ歩行訓練となります
TLAを高められる
TLA(Trailing Limb Angle)とは
TLAとは「Trailing Limb Angle」の頭文字をとった略です
日本語訳すると「後ろの肢の角度」となります
臨床では「大転子から第5中足骨頭へのベクトルと垂直軸のなす角度」と定義されています
TLAは高めることで推進力を高められると言われています
要するに歩行速度が速くなりやすいということです
TLAが7度で足関節底屈筋が80Nmの場合、推進力は68Nとなります
この推進力を68Nから100Nまで増加させたい場合に必要な足関節底屈筋とTLAはどのくらいでしょうか
足関節底屈筋のみで推進力100Nまで上げるためには底屈筋の筋活動を
80Nm→116Nmまで上げる必要があります
これに対してTLAでは
7度→10度に上げることで底屈筋の筋活動が80Nm→82Nmを上げれば十分となります
要するに推進力を高めるためには
- 30%以上筋力を強くする
- TLAを3度上げる+筋力を3%強くする
上記2つが同等の効果ということになります
圧倒的にTLAを高める方が効率が良いと思いませんか
後ろ歩きとTLA
後ろ歩きは背側(後方)に足をステップしていく歩行です
言い換えると「大転子より背側に第五中足骨頭が来るようにステップする歩行」です
自然とTLAが正の角度となりやすい歩行となります
片麻痺患者の前向きの歩きではTLAがマイナス角度で歩くこともあります
骨盤を後方に引けさせ、上半身を前傾させることで、大転子より後方に足が後ろにいかないように代償歩行する場合があります
歩行周期で言うと立脚中期から立脚後期を作らないように歩いています
身体機能として立脚中期〜立脚後期を作れない場合には必要な代償ですし、装具等の環境に頼る必要性があります
しかし身体機能として立脚中期〜立脚後期の要素を持っているにも関わらず、間違った運動学習によって足を後方に踏み出せない患者も多く存在します
そのような方には後ろ歩き訓練することで前進歩行の時のTLAを高められ歩行効率が高めることができます
下腿三頭筋を活用できる
下腿三頭筋の遠心性収縮
次に運動の観点から後ろ歩きを考えたいと思います
後ろに歩くというのはまず足を後ろに下げつま先を地面に付くところから始まります
そこから徐々に後ろの足に荷重をかけていき反対の足を浮かせられるまで支持して行きます
その荷重量が増えていく時には下腿三頭筋の遠心性活動が必要となります
本来前向きに歩くときでも下腿三頭筋の役割はすごく重要で蹴り出す時に強く活動します
ただ高齢者や脳卒中などで障害を負い機能が低下した方では下腿三頭筋が活用せず歩行している場面が多くなります
下腿三頭筋はいわゆる抗重力筋といわれる姿勢にかかわる大きな筋肉です
それを活用せず、足首を90度(背屈0°)に固定的に活用し歩行している方がしばしば見られます
片麻痺の方で言えば下腿三頭筋が立脚後期で活動しないため、前脛骨筋や腓骨筋等の足関節背屈筋群の伸張も得られず遊脚期で十分にフットクリアランスが保てなくなることにもつながります
そんな機能低下をきたしやすい下腿三頭筋の特に必要な収縮様式である遠心性収縮の活動を引き出すためにも後ろ歩きは有効となります
アキレス腱のSSC(ストレッチショートニングサイクル)を活用できる
下腿三頭筋の遠心性収縮とほぼ同義語となってしまいますが、SSCも活用できるようになります
SSCというのは筋肉の腱の弾性エネルギーを活用して力を発揮する仕組みです
正常歩行でいうと腓腹筋・ヒラメ筋が収縮したまま立脚後期を迎え足関節が背屈するとアキレス腱が伸ばされます
この時にアキレス腱には元に戻ろうとする弾性エネルギーが生じている状態です
この状態から遊脚初期に入り荷重は減ることで弾性エネルギーが足関節底屈として発揮されます
片麻痺患者はSSCもうまく機能せず、床を蹴り出せず足を持ち上げるような振り出しとなりやすくなります
後ろ歩き訓練では下腿三頭筋の遠心性収縮の時と同様にSSCを機能させる学習にもつながると考えられます
まとめ
後ろ歩きは視覚以外の感覚促通になる
後ろ歩きはTLAを高められる
後ろ歩きは下腿三頭筋の遠心性活動の促通になる
同時にそれらの機能が有効活用できていな場合には後ろ歩きで大きくふらつくため、評価にもなる
図も少なく乱文で読みづらいかと思いますが、最後までお読み頂きありがとうございます
引用文献
1)脳卒中患者に対する後方歩行の効果。無作為化比較試験のシステマティックレビューとメタアナリシス
2)バランス障害を鑑別するためのバランス評価システムテスト(BESTest)
3)姿勢の定位と平衡:転倒予防のための平衡の神経制御について何を知る必要があるか?
4)脳卒中後遺症患者における12週間の歩行訓練後の最大推進力増加メカニズムについて
5)後方歩行訓練は脳卒中後の歩行能力改善にプラスの影響を与える: メタ分析