子どもを楽しませようとするのをやめたら、休日が少し楽しくなった

この記事は約9分で読めます。

「子どもには、できるだけいろいろな経験をさせたい」

子育てをしていると、そんなことを考えることがあります。

特に最近考えているのが「運動」です。

私は理学療法士として働いていることもあり、幼少期にいろいろな身体の使い方を経験することは、その後の成長にとって大切なのではないかと思っています。

走る。

跳ぶ。

登る。

ぶら下がる。

バランスを取る。

転びそうになって立て直す。

「運動能力を高める」というと少し大げさですが、こうしたさまざまな経験を、子どものうちにたくさんしてほしい。

そんなことを考えています。

ただ、現実はなかなか思い通りにはいきません。

運動系の習い事をさせたい。でも、曜日が合わない

未就学児の子どもに、何か運動系の習い事をさせたいと思っていました。

体操でもいい。

水泳でもいい。

何か一つの競技を上手にさせたいというより、「身体を使うことそのもの」をたくさん経験してほしい。

ところが、いざ探してみると、

「この曜日は仕事で難しい」

「この時間だと送迎できない」

など、家庭の生活リズムとなかなか合いません。

共働きで生活していると、習い事一つでも意外と難しいものです。

そこで最近は、

「習い事にこだわらなくてもいいのでは?」

と思うようになりました。

だったら休みの日に、私自身が子どもと身体を動かせばいい。

そんな単純なところに落ち着きました。

ある休日、1時間半ひたすら遊ばせてみた

先日、子どもと一緒に、身体を思い切り動かせる屋内型の遊び場へ行きました。

そこには、

走ったり、

登ったり、

跳んだり、

バランスを取ったり、

身体全体を使って遊べる環境が整っています。

私はそこで、約1時間半、子どもが好きなように遊ぶのを見ながら一緒に過ごしました。

もちろん親も疲れます。

むしろ休日なのに、身体だけを考えれば家でゴロゴロしているより疲れているかもしれません。

ところが、その日の帰りに少し不思議な感覚がありました。

「今日、ちゃんと休めたな」

と思ったのです。

身体は疲れている。

でも頭の中は、妙にすっきりしている。

そして、

「また仕事してもいいかな」

くらいの気持ちになっていました。

スマホを見て過ごす休日より、疲れた休日の方が休めている

もちろんこれは、あくまで私自身の感覚です。

休日に何もせず、スマホを見ながらゆっくり過ごす日もあります。

身体的には、そちらの方が休んでいるはずです。

それなのに夕方になると、

「休みが終わってしまった」

という感覚だけが残ることがあります。

一方で、子どもと外へ出て、遊んで、動いて、帰ってくる。

身体は疲れているのに、満足感がある。

この違いは面白いなと思いました。

「休む」ということは、必ずしも「動かないこと」と同じではないのかもしれません。

少なくとも私にとっては、

仕事とはまったく違うことに集中すること。

子どもの動きや表情を見ること。

普段とは違う場所に行くこと。

こうした時間の方が、頭の切り替えにつながっているように感じます。

PTとして考えると「運動」は筋力や体力だけではない

ここで少し、理学療法士として考えてみます。

幼児期の運動というと、

「体力をつける」

「運動神経を良くする」

といったイメージがあるかもしれません。

ただ、もう少し広く考えていいのではないかと思っています。

例えば遊具を登ろうとするとき。

子どもは、

「どこに足を置くか」

「どこを持つか」

「この高さなら届くか」

「失敗しそうならどうするか」

を身体を使いながら判断しています。

決められた運動をただ反復しているわけではありません。

環境を見て、考えて、動いて、失敗して、修正する。

これは立派な学習です。

文部科学省の「幼児期運動指針」でも、幼児期は基本的な動きを身につけやすい時期であり、さまざまな遊びを通じて多様な動きを経験することが重要とされています。また、幼児が自分の興味や関心から自発的に身体を動かすことが重視され、3〜6歳では生活全体を通じて「毎日合計60分以上、楽しく体を動かす」ことが目安とされています。

WHOも、3〜4歳では1日の中で少なくとも180分のさまざまな身体活動を行い、そのうち少なくとも60分を中〜高強度の活動にすることを推奨しています。

つまり、

「何か特定のスポーツを習わせなければならない」

ということではありません。

公園で走る。

遊具で遊ぶ。

散歩する。

家の中で遊ぶ。

そんな日常の遊びも十分に身体活動になります。

これは、習い事の曜日が合わずに悩んでいた私にとっても少し救いでした。

「運動すると頭が良くなる」は言いすぎ。でも関係はありそう

私は以前から、

「頭を使うためにも、まず身体を動かす経験が大事なのではないか」

となんとなく考えていました。

もちろん、

「運動すれば頭が良くなる」

と単純化するのは適切ではありません。

ただ、最近の研究を見ると、まったく的外れでもなさそうです。

2026年に発表された、就学前児を対象とした31件のランダム化比較試験をまとめたメタ解析では、身体活動介入によって、抑制機能、ワーキングメモリ、認知的柔軟性といった実行機能に小〜中程度の改善が認められています。特に、単純な運動だけでなく、遊びや認知的な要素を含む活動も注目されています。

これを見ても、幼児期は「身体」と「頭」を完全に分けて考えない方が自然なのかもしれません。

身体を使いながら、

見る。

判断する。

試す。

失敗する。

修正する。

また試す。

そんな経験そのものが、子どもの学習なのだと思います。

でも、親が楽しめないイベントもある

ここまでは、割ときれいな話です。

ただ、一つ問題があります。

「子どものためになることなら、親は何でも楽しめるのか?」

というと、当然そんなことはありません。

つい先日も、家族から、

「子ども向けの工作イベントがあるから連れていってほしい」

と言われました。

子どもにとっては、おそらく良い経験です。

初めて何かを作る。

知らない素材に触れる。

自分で考える。

そういう経験には価値があると思います。

一方で、私自身はその工作にそれほど興味がありません。

正直に言えば、

「ちょっと面倒だな」

と思いました。

子どもの経験を増やしたい。

でも、親がまったく乗り気ではないイベントに連れていくことが、本当に良いことなのだろうか。

少し悩みました。

自分が楽しめなくても「子どもの反応」は楽しめる

そこで考え方を少し変えてみました。

私は別に、その工作そのものを楽しむ必要はないのかもしれない。

「この子は初めてこれを見たとき、どんな反応をするんだろう?」

それを楽しみにすればいい。

最初は怖がるのか。

すぐ触るのか。

意外と集中するのか。

途中で飽きるのか。

完成したものを大事にするのか。

そこには、自分一人では予測できないものがあります。

そう考えたら、少し面白くなってきました。

「期待する」より「観察する」

そして、ふと、

「これって子育てだけの話ではないな」

と思いました。

理学療法士として患者さんと関わっていると、

「こう説明したから、こう動いてほしい」

と思うことがあります。

ところが、実際には全然違う動きをする。

そんなとき、

「なんでそうなるの?」

とイラッとしてしまうこともあります。

でも、

「この言葉を聞いて、この人はなぜこの動きを選んだんだろう?」

と考えてみる。

そうすると、少し面白くなります。

自分の予想と違う反応こそ、評価する材料になるからです。

これは人間関係でも似ている気がします。

相手に、

「こうしてほしい」

「こう感じてほしい」

「これを好きになってほしい」

と期待すると、相手がそこから外れたときにストレスになります。

でも、

「この人はどう反応するんだろう?」

と思って見ていると、同じ出来事が少し違って見えます。

期待どおりに人を動かそうとするのではなく、

相手の反応を面白がる。

これは案外、毎日を楽にする方法なのかもしれません。

子育ては「何をさせるか」だけではないのかもしれない

子どもに、

運動をさせたい。

勉強をさせたい。

いろいろな経験をさせたい。

親になると、つい「何をさせるか」を考えます。

もちろん、それも大切だと思います。

ただ最近は、

「この子がそれを経験したときに、どう反応するかを見る」

ということも、同じくらい大事なのではないかと思うようになりました。

親がすべてを教えなくてもいい。

親がすべてを楽しめなくてもいい。

環境だけ少し用意して、

あとは子どもがどう動くかを見てみる。

理学療法士っぽく言えば、

「介入する」ことばかり考えず、「反応を見る」。

そんな子育ても面白そうです。

そして不思議なことに、子どものために作ったその時間が、結果として自分自身の休日も豊かにしてくれました。

身体は少し疲れました。

でも、頭は休まりました。

休日の最後に、

「明日からまたやるか」

と思えたのであれば、

それは案外、良い休養だったのかもしれません。

まとめ

今回感じたことをまとめると、

  • 幼児期は、特定のスポーツだけでなく多様な身体活動を経験することが大切
  • 習い事が難しくても、日常の遊びで十分に身体を動かす機会は作れる
  • 「初めての経験」を増やすこと自体にも価値がある
  • 親自身がその活動を好きでなくても、子どもの反応を楽しむことはできる
  • 人を期待どおりに動かそうとするより、「どう反応するか」を観察すると面白くなる
  • 子どもと過ごす活動的な休日が、親自身の気分転換になることもある

こんなところです。

「子どものために何かしなきゃ」

と考えると、子育ては少し苦しくなります。

それよりも、

「今日はどんな反応をするんだろう」

くらいでいいのかもしれません。

少なくとも私は、その方が少しワクワクできます。

参考にした資料

・文部科学省「幼児期運動指針」
幼児期には、さまざまな遊びを通じて多様な動きを経験し、毎日合計60分以上楽しく身体を動かすことを推奨しています。

・World Health Organization「Guidelines on physical activity, sedentary behaviour and sleep for children under 5 years of age」
3〜4歳児の身体活動や睡眠、座位行動についての国際的な指針です。

・2026年の就学前児に対する身体活動と実行機能のメタ解析
31件のRCT、2,330人を対象に、身体活動介入と抑制機能・ワーキングメモリ・認知的柔軟性との関連を検討しています。

タイトルとURLをコピーしました