脳卒中後の片麻痺は、患者さんの日常生活に大きな影響を与えます。
歩行を取り戻すことは、身体機能のみならず心理面や生活の質全般に直結する重要な課題です。
近年、リハビリテーションの現場で注目されているのが、膝から足首、さらには足部までをサポートする長下肢装具(Knee-Ankle-Foot Orthosis:KAFO)です。
私自身、介入の現場でKAFOを用いた歩行訓練に携わる中で、そのポテンシャルと課題を実感しています。
KAFOがもたらす歩行の変革
KAFOの最大の特徴は、特に「膝の過伸展(genu recurvatum)」と呼ばれる歩行時の不安定な膝関節の制御を補助する点にあります。
歩行中、特に立脚期において膝が過度に伸展してしまうと、関節にかかる負担が大きくなるため、痛みや長期的な関節劣化のリスクが高まります。
KAFOはこの過伸展を抑制し、自然な動作に近い歩行パターンを促すことで、膝への負担を軽減します。
また、KAFO装着によって、麻痺側における足関節の動きが改善され、遊脚期に十分な背屈(足首を上げる動作)が得られるようになります。
これは、歩行のリズムや歩幅の均一性を取り戻す上で不可欠な要素です。
さらに、非麻痺側にも好影響が及び、歩行全体のバランスが整うという効果も報告されています。現場での体験として、「装具を付けると、不思議と歩幅が広がり、歩くときの自信が芽生える」という声をよく耳にします。
臨床現場でのKAFO活用とその課題
臨床の最前線では、KAFOを装着した介助歩行トレーニングが日常的に行われています。
しかし、その効果を最大限に引き出すためには、単に装具を付けるだけではなく、歩行環境の整備や介助スタッフとの連携が欠かせません。
たとえば、歩行経路が混雑していたり、施設内の温度・湿度が適切でなかったりすると、装具のポテンシャルは十分に発揮されません。
実際、複数の調査において、環境の整備や関係者間でのリスク管理が、介助歩行距離や歩行パラメータに大きく影響することが示唆されています。
また、患者さんの心理面も無視できないポイントです。
KAFOを初めて使用する際、多少の「違和感」や「不安」を感じる方もいますが、継続的なトレーニングを通じて、自信を取り戻し、歩行の質が向上していく様子を見ると、装具によるサポートが単なる物理的支援に留まらず、精神面での支えにもなることが分かります。
さらに注目すべきは、装具がもたらす両側の歩行動作への影響です。麻痺側だけでなく、非麻痺側の膝や足首の動作も改善され、全体としてスムーズな歩行が促されるため、理学療法士としては、「全身のバランスをいかにして整えるか」という視点でのアプローチが求められます。
これからのリハビリテーションに向けて
現状、どの病期や障害の重症度に対して最適なKAFOの使用法が確立されているとは言い難いですが、これまでの研究と実践を通じて、装具を用いた介助歩行は多くの患者さんにとって有益であるとのデータもあります。今後は、より実践的なデータの蓄積や、患者さん個々のニーズに柔軟に応える指針の確立が急務です。私たち医療従事者は、単に装具の効果を求めるのではなく、その人に合った環境づくりやチーム医療を通じて、患者さんが自立した生活を送るための「総合的な支援策」を模索していくことが大切だと感じています。
KAFOは、単なる装具の一つとしてではなく、歩行再建のためのひとつのアプローチとして、今後もさらなる進化が期待される分野です。患者さんの笑顔や、「もっと歩けるようになった」という実感を支えるために、最新の技術と現場の知恵を融合させたアプローチが、これからのリハビリテーションの未来を切り拓いていくでしょう。
参考文献
- Boudarham, J., et al. (2012). Effects of a knee-ankle-foot orthosis on gait biomechanical characteristics of paretic and non-paretic limbs in hemiplegic patients with genu recurvatum. Clinical Biomechanics. DOI:10.1016/j.clinbiomech.2012.09.007
- 中谷 知生 他. 脳卒中片麻痺患者の長下肢装具を用いた介助歩行の距離決定に影響を及ぼす因子の検証.
- 浦 慎太朗 他. 脳卒中患者に対する長下肢装具の臨床使用:スコーピングレビュー.